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2017 最新のレーザー技術

2017 最新のレーザー技術

サブジャンル:宮崎大学名誉教授 黒澤宏のレーザー講座

レーザー講座の最後に,ちょっと特殊な,そして新しいレーザーについてお話しします。レーザーの歴史を見ると,波長を短くする方向に進む中,研究者のおかげでエックス線の極めて短い波長におけるレーザーが実現しました。

今回の目玉はこのエックス線レーザーです。また,レーザーとは直接の関係はありませんが,レーザーと互いに助け合いながら役に立つ思われるシンクロトロン放射光とそれに関係する自由電子レーザーのお話もします。今までとは全く違う世界です。1960年にレーザーが発明されてから,出力を高く,パルス幅を短く,波長を短くの3つの大きな方向に進歩してきました。当然のことです。中でも,レーザー発振波長をできるだけ広くしたい。どんな波長の光でもレーザー発振が可能なことが夢でもあるのです。でも,短波長化への夢はなかなか進みませんでした。世界最初のレーザー発振がルビーレーザーの赤色でしたから,20年間くらいは紫外波長くらいまでしか進みませんでした。1976年にエキシマレーザーの発振に成功したのですが,それでもやっと紫外波長でのレーザーでしかありませんでした。波長が短くなるに従って,レーザー発振を実現することが極端に難しくなるのです。ところが,1980年代になって,いっきに波長が短くなり,いわゆるエックス線(X線)の領域に入りかけました。X線は,かの有名なレントゲンが発見したものです。マイクロ波も,電波も,光も,X線も,同じ電磁波の仲間です。単に波長が違うだけなのですが,どこからどこまでをエックス線と呼ぶかは,科学者の間でもそんなにはっきりしている訳ではありません。おおむね,0.03μm(30 nm)から0.1 nmの波長範囲にある電磁波をX線と呼ぶことが多いようです。場合によっては,0.1μm以下の波長であればX線と呼ぶことがありますが,特別に0.1μmから0.01μmの範囲を軟X線と言うこともあります。エネルギーの単位に換算すると,0.03μmが40 eV,0.1 nmが12 keVに相当します。ところで,波長が短くなるにつれて,電磁波を波長で区別するよりも,むしろエネルギーで区別する方が便利なことが多いのです。その場合に便利な換算式を書いておくことにします。すなわち,波長λ(nm)と電磁波のエネルギーE(eV)の間にはλ(nm)=1240/E(eV)

の関係があります。1 eVのエネルキーは1240 nm(=1.24μm)の波長,10 eVは124 nm,1 keVは1.24 nmとなります。なお,エレクトロンボルト(eV)とは,図1のように2枚の金属板のあいだに電圧を加え,その中に電子を入れると,その電子は電圧の高い方に引っぱられる力が働き,電子はエネルギーをもらって加速されます。1 Vの電圧がかかっている金属板聞を電子が移動したとき,電子が獲得するエネルギーを1 eV(エレクトロンボルト)と呼んでいます。エレクトロンボルトが電子の得たエネルギーの単位です。

最新のレーザー技術図1

ところで,可視から紫外の波長域における光を出そうとすれば,原子に束縛されている電子の状態を変えることが必要です。電子が原子の中で,高いエネルギー状態から低い状態に変化するときに,そのエネルギー差に相当する波長の光を出します。原子に束縛されている電子でも,できるだけ原子核から遠い電子の方が変化しやすいのは当然のことです。

このような状態の変化に伴うエネルギーの変化は,ちょうど可視から紫外の光の波長に相当します。ところで,原子の中でもっと原子核に近い,言い方を変えればエネルギーの高い状態の問で変化させれば,もっと短い波長の光(電磁波)に対応することになるのです。一方,水素とかヘリウムなどの軽い原子の場合は,原子核の力が弱いので,高いエネルギーの電子は存在しません。原子は重ければ重いほど,高いエネルギーを持つ電子が存在するのです。水素と比べると,セレンとか銀などの原子番号の大きな原子の方が高エネルギー電子状態を含んでいます。このような原子核に近い高エネルギーの電子を内殻電子と呼んでいます。内殻電子は原子核から強い力で引きつけられていますので,それを引き離すためには大きな力,すなわち大きなエネルギーが必要になります。

例として,図2にセレン(Se)の電子状態が描いてあります。真ん中に原子核があって,まわりの電子を引きつけており,原子をつくっています。Se原子の原子番号が34ですので,34個の電子を持っています。34個の電子を引きつけているのですから,原子核は+34の電荷を持っています。この数が大きいほど,力が強いことになります。

最新のレーザー技術図2

例えば,Se原子にエネルギーを与えて内殻にある電子を原子の外に飛び出きせたとしましょう。すると,電子の穴ができます。外側の電子がこの穴に落ち込むとき,そのエネルキー差に相当する電磁波が出ます。できた穴が高いエネルギーの状態ですので,落ち込んできた電子も大きなエネルギーを放出することになって,光よりもはるかに短い波長の電磁波をだすことになります。これがX線の発生原理です。このようにお話しすると,光もX線も同じ電磁波の仲間であることがお分かり頂けると思います。X線の発生についてはお分かりいただけたことと思います。これをレーザーにするためには,他のレーザーと同じく反転分布が必要です。しかしながら,これが実に難しいのです。内殻電子を上の準位に上げるためには非常に大きなエネルギーが必要なのです。したがって,極めて短時間に大変高いピークパワーでポンピングしなければなりません。場合によっては,ほとんど全部の電子を原子から開放することになります。丸裸の原子を作って,電子が再び内殻にまで落ちてくるのを待つのです。そして,内殻のエネルギー準位間で反転分布を作ります。1 ns(10–9秒)の短い時間にl兆ワット(1012 W=1 TW(テラワット))のレーザーパルスを金属薄膜ターゲットに照射します。このような高いパルスが金属に当たると,金属の原子を蒸発させるだけでなく,原子からほとんどすべての電子を原子核の束縛から解き放し,裸に近い状態の原子を作ることができるのです。温度が上昇し,原子核の周りを回っていた電子が原子から離れて,陽イオンと電子に分かれます。この現象が電離です。そして,電離によって生じた荷電粒子を含む気体をプラズマと呼んでいます。

図3のように,ポンピングのためのレーザービームを細い線状にしておくと,金属原子の反転分布が線状に作られ,X線がこの中を通過するときに増幅されるのです。その結果,コヒーレントなX線ビームが得られます。最初にセレン(Se)で実現し,3.5 nmの波長でコヒーレントなX線を作り出したのです。

最新のレーザー技術図3

厳密に言いますと,図2に描いてあるように,Seが持っている34個の電子の内,灰色で描いてある24個の電子を原子核から解き放つと,図の黒丸の1s(2)2s(2)2p(6)の10個の電子が残ったSe+24イオンできます。Se+24イオンはNe原子と同じ電子配置を持っていることから,このイオンをNe様イオンと言う場合もあります。この状態で,図4のように一番外側になる2p(6)電子の1個を3p準位にポンピングすると,3p準位と直下の3s準位の間に反転分布ができます。これを利用したのがSeを使ったX線レーザーです。

最新のレーザー技術図4

この段階では,想像を絶するほどの大型レーザー装置で作られたレーザーパルスが必要でした。X線レーザーを実現するためには,特別に作られた大型レーザー設備が必要だと考えられたのです。その後,いろいろな金属で試みられ,いろんな波長でX線レーザーが実現されています。この場合,極めて高いピークパワーを持ったポンピングレーザーパルスで原子のイオン化とそのイオンのポンピングを行う方式でした。一度実現されてしまうと,いろいろと技術の開発が進み,実現されるまでは考えられなかったような簡単な装置でもX線レーザーが作られてしまうのです。同じ話は,科学技術の進歩の世界では,いろいろな場面で登場します。X線レーザーも例外ではありませんでした。今では,1000分のー以下のレーザーパルスを使ってX線レーザーが実現されています。大学の研究室でも作ることができる大きさのレーザーでも,X線レーザーを作ることができるようになりました。最初はごく低い出力しか得られませんでしたが,出力の大きなX線レーザーを作るのにそんなに時間はかかりません。今では,実験台の上に乗る程度の大きさのレーザーを使ってエックス線レーザーが,簡単にできる時代になってきました。20年前には,想像すらできない状況です。これなどは,科学の進歩の早さを目の当たりにする良い例でしょう。X線レーザーのための反転分布をつくるための技術開発はどんどん進んでいきましたが,一方では共振器ミラーの開発が重要となってきました。レーザーである以上,共振器ミラー無くしては語ることができません。異なる金属の薄い層を何層も積み重ねてやると,金属の種類と厚さと層数によって,特定の波長のエックス線に対する反射率の高いミラーを作ることができます。

このことは以前から分かっていたのですが,厚さを正確に制御する技術の開発が未熟だったのです。しかしながら,最近では均質な金属膜を極めて正確な厚きで作る技術が開発され,X線レーザー用のミラーを作ることができるようになっています。分子線エピタキシャル法(MBE)やプラズマ化学気相堆積法(プラズマCVD),場合によってはレーザー化学堆積法(レーザーCVD)も有効な方法です。

この技術によって,X線レーザーが現実のものとなりました。ところで,X線レーザーは何の役に立つのでしょう?その強度が強いことを利用して,医療診断,材料開発,さらには生体細胞の3次元構造を見ることのできるX線ホログラフィーなどに利用されています。半導体の超高密度LSIを作るのにも役に立ちそうです。原子内の電子状態の変化だけではなく,高速で運動する電子を急に制止させた時にもX線が発生するのです。一般的には,荷電粒子が加速度運動をするときに電磁波を発生します。高速電子を制止させた時は,減速ですが,速度が時間と共に変化するのは同じです。レントゲン写真を撮影するときに使われているX線管です。

図5にその中身が描いてあります。電圧を印加して電子を高速運動させます。この電子が,対面に配置した金属でできたターゲットにぶつかって,電磁波を発生します。ところで,この様子を詳細に見てみましょう。電子は極めて小さな粒子です。これがターゲットの金属板の表面と衝突して静止するはずがありません。金属は原子核と電子で構成されていますが,原子核と電子がぎっしり詰まっているわけではなく,スカスカなのです。

最新のレーザー技術図5

高速電子がターゲットで制止されるのは,金属の原子核付近を通過するとき,電子は原子核の正電荷に引かれて方向を変えます。これを繰り返している間に電子は運動エネルギーを失っていき,最後には静止することになります。確率は極めて低いですが,高速電子は金属内の電子と衝突することもあります。衝突された電子は,弾き飛ばされて空席ができます。この空席に上の準位から電子が落ちてきて,X線レーザーのところでお話ししたのと同じメカニズムでX線を発生します。このX線の波長は,電子のエネルギー準位で決まります。そこで,このようなメカニズムで発生するX線を特性X線と呼んでいます。一方,高速電子が制止されるときに発生するX線は,広い波長範囲にわたっており,白色X線と呼ばれています。医療用のレントゲン写真はこの白色X線で撮影されています。

加速度運動は,等速運動している電子の方向を変えたときにも見られます。具体的に言いますと,図6のように,磁石がつくる磁場の中を等速運動している電子が通過するとき,図に描いてあるような方向に力を受け,磁場の周りを回り込むような運動をすることになります。この時に,図に描いてあるような電磁波が発生します。電子の運動速度と曲げる角度にもよりますが,一般的にはX線,紫外,可視光から遠赤外領域までの,非常に広い範囲の電磁波が発生します。

最新のレーザー技術図6

高いエネルギーを持つ電子が磁場の中を横切るときに出す白色光をシンクロトロン放射光と言います。字宙ではありふれた現象ですが,人工的にシンクロトロン型の加速器で発生するのでこの名がつきました。電子のエネルギーが高いというのは,電子の速度が光のそれにきわめて近いことを目安にしています。結論から言えば,シンクロトン放射は,遠赤外からX線の極めて広い波長範囲におよぶ光を出すことができる光源となるのです。このために,シンクロトロン放射光は人工太陽とも呼ばれています。レーザーは,エネルギー準位聞の遷移を使っていますので,特定の波長しかだすことしかできません。エネルギー準位が広がっているので,広い波長範囲の発振が可能な色素レーザーやチタンサファイアレーザーのような波長可変レーザーもありますが,波長を変えることができる範囲はたかがしれています。この点で,シンクロトロン放射光は,通常の光源と比べるとはるかに強い光を作り出すことができますので,まさに夢の光源と言えるでしょう。

ところで,周期的に変化する磁場の中を自由電子が通過するときにも光を出します。周期的な磁場は,N極とS極が交互になるように永久磁石を並べることによって作ります。その様子を図7に描いてあります。最初の磁石がN極を上に向けていると,次の磁石はS極を上に向けており,その次の磁石はN極を上に向けています。

最新のレーザー技術図7

電子が磁石の作る磁場の中にはいると,力を受けることになって,その進路が曲げられます。最初の磁石が電子の運動をある方向に曲げるとすると2番目の磁石が逆方向に曲げることになります。このような磁石の配列の中を電子が通過すると,電子の運動方向が,図のようにジグザグに曲げられることになります。このような周期的な磁場のことをアンジュレータと呼んでいます。道路がでこぼこしている状態をアンジュレータと言いますが,同じ意味です。周期的な磁場中を電子が通過するときに,電子の持つエネルギーの一部を光の形で放出します。アンジュレータの中をほぼ光速で運動している電子に共振周波数の電磁波を重ねると,電子は電磁波の電場によって減速されて電磁波を発生し電磁波が増幅されます。これが誘導放出で,自由電子レーザーの原理です。発生する電磁波を有効に利用するためには,図7のようにアンジュレータの両端にミラーを設置します。増幅率が大きくなると発振します。自由電子レーザーの特徴は,単色で波長が可変なことです。また従来のレーザーでは利用が困難な遠赤外及び真空紫外から軟X線領域でも使用が可能です。ところで,自由電子レーザーで働いている電子は束縛されていない電子ですので,ある特定のエネルギー準位に固定されていません。自由電子レーザーの場合,発振波長はアンジュレータの磁石の間隔,あるいは電子のエネルギーを変えることによって,波長を変化させることができます。普通は,電子のエネルギーを変えることによって発振波長を変化させることができます。というのは,アンジュレータの磁石の周期を変えることは簡単にはいかないからです。自由電子レーザーの最大の特徴は波長を変えることができることにありますが,その範囲が遠赤外から軟X線に及ぶ非常に広い範囲に及んでいることにあります。今までに見てきた波長可変レーザーとは比べものにならない程広い範囲にわたる波長可変性にあります。それも電子のエネルギーを変えることで簡単に波長を変えることができるのです。このような自由電子レーザーは医療診断や治療,科学研究などに幅広く利用きれています。自由電子レーザーが実現されると,次の目標はX線領域における自由電子レーザーの実現です。波長が短くなるとミラーの反射率が低下し,X線領域になると反射できるミラーが存在しなくなります。そこで,ミラーで何回も反射させる代わりに,アンジュレータを十分に長くし,蛇行させた際に放出される放射光と蛇行している電子ビームが干渉を起こさせ,非常に短い波長のX線レーザーが発振します。

このようすを図8に描いてあります

最新のレーザー技術図8

兵庫県にある大型シンクロトロン放射光施設(Spring-8:図9)に隣接するX線自由電子レーザー施設(SACLA)では,図10のような800 mの長さのアンジュレータを使って世界最短の0.1 nm(1×10–10 m)のX線レーザー発振に成功しています。

最新のレーザー技術図9

最新のレーザー技術図10

今回は,X線レーザー,シンクロトロン放射光,自由電子レーザーについて見てきました。いずれも未来技術であり,非常におもしろい分野であることは間違いありませんし,レーザー科学だけでなく,一般的な光科学にとっても目が離せません。わくわくします。これで,レーザーそのもののお話は,一応終わることにします。機会がありましたら,レーザーを利用した技術のお話をしたいと思います。宮崎大学・名誉教授 黒澤 宏

執筆者紹介黒澤 宏(くろさわ こう)大阪府立大学工学部博士課程を経て1976年より同大学助手,助教授を経て1991年より宮崎大学工学部電気工学科教授,その後2007年9月に大学教員生活に終止符を打ち,(独)科学技術振興機構JSTイノベーションサテライト宮崎の館長に就任し,地域における産学官連携業務に専念。現在は(一社)九州産業技術センター 成功報酬型事業化支援制度・専任コーティネータを務めている。レーザーEXPOにおいては,2003年から主に基礎部門の講師を務めており,初心者にわかりやすくレーザーについて解説している。

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